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QUOLOG(クオログ)

GROOM MARE QUOLIA店長の日々のお話

 

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私の10年間(10) 

今回で10話目
キレがいいので今回がファイナル!!

おばちゃんの様な声の主・・・。
今回はなんとアップ(髪結い)はやってないのかどうか
問われた。当然私は「やってないんですよ~」
「じゃー私の頭で練習して、できるようになればいい」
とお客様・・・。
ちょっと前のそう入店したばかりの私だったら
何も心には響きはしなかっただろう
しかしこの言葉が、すごくうれしかった

きれいごとかもしれないが
ステップアップするチャンス!!
そう考えられるようになっていた。

モンテスキューは
人生では3回教育をうける
1度目は 親から
2度目は 学校から
3度目は 社会から

1度目と2度目の教育は社会にでると
通じない

みたいな事をいったらしいが
まさにその通りだと思う

私が社会にでて、10年間
ホント色々学ぶことができた
両親の大切さ
人との出会いの大切さ
人を喜ばせる大切さ

まだまだ学んだことはたくさんある。
まだまだ学ばなければいけないことも
たくさんある。

私がお店をオープンできたのも両親や
私の師匠やこれまで私が出会ってきた皆さんの
おかげなんだな~と感じ今日も理容師として
笑顔を絶やさず
仕事をします。 (おわり)
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Category: 私の10年間

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私の10年間(9) 

カットの練習と平行して、次から次へと出てくる新技術のパーマ・カラーの練習を
こなし数年間・・・。
私にも後輩ができた
私も若いつもりだったが後輩との間には、ジェネレーションギャップを感じた。
だって「8時だョ全員集合」をリアルタイムでみていなかったり・・・etc
その都度、私は私の先輩たちもこういう感覚だったのだと、
この時になり大変さを理解した。

そんな日々が続くとある日に、一本の電話が鳴り後輩が受話器をとる
やりとりが終わり受話器をおくと
「なんかおばちゃんみたいな声でした。」と後輩。
「カットとカラーと最後に髪を巻いてほしいそうです」
と続けて後輩・・・。

(う?)
しばらく熟考が続く・・・
(髪を巻く?それって大きなコテなり、カーラーないと、ちょっと無理じゃね?)
と私の心の声。

後輩がお客様にOKをだしてしまった以上、やるしかない
大きなコテを倉庫から探すが、でてくるものは
パンチパーマ用・・・。
一瞬パンチパーマの女性の姿がチラついた

「いらっしゃいませ~」
(おいおい、まだ対策練れてないし、しかもおばちゃんじゃねぇ~)

カット中に会話をしていると
このお客様は、銀座のホステスさん。
(じゃー巻くってクルクルかわいく蝦ちゃんのように?だよねぇ~!?)
カットをしながら考える私・・・。背中にはいや~な汗が・・・。
カラーも終わり、いよいよだ。

私の4次元ポケットから出てきたものは
『ロールブラシ~ィ』
このロールブラシは只者ではない、シャキーンとブラシの先が取れるのだ
太さも調節がきくのだ。これでなんとか・・・

映画・ドラマだったら、ここでかっこよく決まる
が、しかし私の人生は
いつもこうだ。あー結果ですか?
いうまでもありません。

私は自分の未熟さを、風に歌った。

数ヵ月後・・・
電話が鳴り後輩が受話器をとると
またおばちゃんのような声が・・・。(つづく)





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私の10年間(8) 

「今日はどうされますか?」
「カットで」
ハサミとクシを手に持ち、お客様を接客しているのは、なんと私だ。
ついに、カットデビュー・・・。といってもここまでくるのに長い月日があった。

この業界の方ならお分かり頂けるだろが、カットと一言でいっても、次から次へと
さまざまな技術があらわれる、スタイルは無数に・・・。中には「普通に」というスタイルもあるぐらい。
お墨付きをもらってからお客様にあたろうとするのなら
何年かかるかわからない。

そんなわけで、シュレ・・マスターが私ができそうな人を選んでくれ、
私は、そのお客様をカットさせてもらっていた。
カットをする私の背後には妙なプレッシャーが・・・。
私は鏡で背後をみるが鏡の中にはいない。
なにげなーく 横目で見ると鏡には死角になる位置に
マスターが。

私は接客をするというよりも、ただマスターに怒られない事
そのことしか考えていなかった。
だって後ろで目を光らせてますから・・・。失敗するとカット中断・・・なんてことも。
(あーだったらやらせなきゃいいのに)と私は思っていた。

ある日、一人のお客様から、嫌味でもなんでもなく
「随分うまくなったんじゃんない?」とお褒めの言葉。
帰りには笑顔で「ありがとう」
私は、嬉しかった。こんなこと、はじめてだったし。

眼光鋭い鏡の死角からの視線は日々続くのだが
私は、怒られまいと仕事をするのではなく、
お客様が笑顔でお店を出て行くことに集中した。

「もっと仕事がうまくなって、喜ぶ顔がみたい」

私の理容師としての仕事は、
怒られまいとする自分の身を守るものから
人に喜びを与えるものへと大幅な進化をしたのであった。(つづく)



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私の10年間(7) 

「えぇー、なんでぇー?社会人にもなってそんなのがあるの?」
受話器の向こうからの声。
私の母の声だ。
みなさんにはご理解いただけるかどうか、わからないが
私の修行先のお店には『家庭訪問』というものがあった。
それを私は、両親につげたのだった。

どおいうものかというと、小学生の頃、担任の先生が自宅へやってくる、あれだ。
当時は自分の担任が自宅へ来るというのは、なんとも不思議な感覚で
ちょっとうれしさもあった・・・。が20歳もすぎ、まさかそんなことがおころうとは・・・。
皆さんにも想像してみてほしい
自分自身が会社の社長と社長の家族をつれて、両親の住む家に
家庭訪問する光景を・・・。
絵的には、なにこれ珍100景登録!!!


営業終了後、私の自宅へ向かう家庭訪問ツアー
御一行は、わが自宅へ
私は、正直不安だった。何よりこの業界のことを知らない両親と
バリバリの床屋さんの話があうわけがない。そう思いながら玄関をあけると
両親が出迎える。
そしてリビングには・・・。
なんと、すし屋でもない父の、にぎりずしがそこにはあった
(あんなに嫌がっていたのに・・・)心の中でつぶやく私・・・。
見栄でもなんでもない最高のおもてなしだと私は感動した。
そりゃー父の握るすしは板前さんが握るお寿司には敵わない・・・
だけど、できあいのものでなく、父自身が、作ったものでおもてなしする心は
何よりも感動をあたえた。少なくても息子の私には・・・。

「お客様をおもてなしする心」
父のそんな姿に、ただただ尊敬した家庭訪問となった。〈つづく〉

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私の10年間(6) 

「シェービングは、左手でそる」
そんな極意のような言葉が飛ぶ。

そう、ただいま顔剃り真っ最中!
この言葉の解釈は、左手でしっかりと添え手をしてあげて
髭をしっかりとだして剃らないと、痛いし顔を傷つけやすいよ、みたいなことです。

顔そりの練習っていうと、風船膨らませて、そこに泡つけて、われないように剃るみたいなことを
想像すると思うのですが、私のお店では、いきなりヒューマン(人)でした。
先輩という名の生モデルさん。
初めて、剃らせてもらったときは、まさにスゥイニー・トッド。大惨事。
パカッと床があいて、落ちてパイにでもなるのかって感じ・・・。

シェービングにはまず、度胸が必要。じゃないと手が震えて仕事にならない。
新人はみんな、アル中のようになりながら、顔をそる。
当然、私も・・・アル中だった。
しかし、同期の女の子はいうと、のど仏から、あご先までいっきにズバァァァーっと剃りあげる
お見事・・・。私はまた凹んだ

自分はペン回しうまいし、図工も得意・・・たいした根拠ではないが
自分は器用な人間だと思っていたのだが
根底から覆された。このシェービングという技術に。
理容師としてのセンスないのかって苦悩した。

3年ぐらいの修行で一人前になるのは、無理だとうすうす感じ始めたのはこの頃だった

じっくり時間をかけて、地道に練習しようと決意し、
なんとなく顔そりが、できるようになったのは、それから一年後ぐらいだった。〈つづく)

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